うつ病を悪化させるネガティブ思考のしがらみがある。
あるいは、その思考はうつ病の症状なのかもしれない。商談が取れない・解雇・失業・住宅ローン・借金地獄・ホームレス……これは負のスパイラル的に私が考え込んでしまった論理の過程。
ひとつのタガが崩れるとなし崩し的にすべてに自信がなくなり、自動的に悪い方向に思考が飛んでしまう。人間の心、頭、体、どのような構造になっているのだろう。希死念慮なんてないのに、プラットホームの端に立ち、電車がくるのをみると、吸い込まれそうになる。体がそうなる。
処方される薬の効能は不安を取除くとか気持ちを落着かせるとかである。
いろいろなしがらみが重なり、組み合い、うつ病になる。
その人それぞれの限界を越え、キッカケでうつ病になる。最初はうつ病なんて気づかない。私も、3年後くらいで症状を自覚している。
どう対応していいのかわからないのではないか。
うつ病と気が付かずにすでに発病していたと思われる時期に家族に、いろいろと心配をかけていた。家に帰るたびに「もうだめだ」「クビになる」…と言い続けてしまった。娘は暗くなり、嫁は泣き出す始末。
それ以来、決して心配をかけまいと一切、何も言わない。ただ、うつ病と宣言されたときは先生のところへ連れて行きました。主治医の話を聞いてうなづいている。
基本的に家族は触れないようにしているようだ(暗黙のうちに)。申し訳ない。私に同情し、一緒に考え出してしまったら、彼女たちも病気になってしまう。このままでよいと思う。意外であった
最近、会社で企業カウンセラーが5回まで無料で利用できるようになったので利用してみた。このとき、臨末心理士から言われたことでひとつためになったのは幼少時の体験が無意識に精神障害にはかかわっていることを教えていただいたこと。
私で言えば
小学校2年生のときにいじめにあい、顔が真っ黒になったようである。私は覚えていない(覚えていないのはいやなことを忘れようとする防衛本能)。
父親がギャンブル狂で、母が一度、私と共に「無理心中」しようと考えたこと。その時、私が死にたくないといったので母は思いとどまった。
父親の暴力(シラフでも母親を殴っていた)結局、父親は好きなことをして50歳で亡くなる。短命であったがゆえに好きなことを短期間でしていったので良かったのではないでしょうか。
このことから、無意識的に「自分がやらねば」(母親を守らねば)という意識が人一倍となり、何に関しても無理をしても、やりぬけようとする。ストレスがたまる、セロトニンの減少、うつ病への構図である。これが、わかったからと言ってどうのこうのというわけではない。返って思い出すことになり、具合が悪くなった。
心と身体と複雑さを考えさせられる。
うつ病になると、ほったらかしの自分の心をあらためて見つめ直す機会が得られるような気がする。